名  称 イジェクタ層
  場 所 坂祝町勝山 木曽川河床  形成時期 三畳紀後期
(約2億1500万年前)
   概 要
   木曽川が美濃帯堆積岩類を削り込んで流れる日本ラインにはチャート砂岩が分布し、それらがいろいろな形状をなして分布する景勝地を形成している。そのチャート層に挟まれる粘土層の中から隕石衝突により形成されたと考えられる“スフェルール”と呼ばれる球状粒子が2010年に発見された。この球状粒子には地球表層には極めて微量にしか存在しない白金族元素が最大で通常より3桁も多く含まれていることが明らかにされ、巨大な隕石の衝突によりもたらされたものと考えられている。こうした隕石衝突によりクレーター内部から放出された物質を「イジェクタ(衝突放出物)」といい、その細かい粒子が大気中に拡がることで地表の広い範囲に堆積して形成された地層を「イジェクタ層」という。日本ラインで発見された粘土層はイジェクタ層に相当し、それを挟むチャート層中に含まれる放散虫によりこのイジェクタ層の形成年代、すなわち隕石の衝突時期が約2億1500万年前(三畳紀後期)であることが明らかとなった。この時期に地球上に形成された巨大なクレーターとしてはカナダ東部のケベック州にあるマニクアガンクレーターがあり、このイジェクタ層はそこに由来する堆積物と考えられている。その時期にはある種の生物が地球規模で絶滅し、その後の生物進化へ影響していったことなどが議論されている。
 
坂祝町の木曽川河床(日本ライン)に露出するイジェクタ層を含むチャート層(矢印の位置にイジェクタ層がはさまれる)
(撮影:木澤慶和)
 
  ジオ点描
   隕石のほとんどは地表に届く前に“流れ星”として燃え尽きてしまう。その前に地表まで到達するためには元からそれなりの大きさが必要になり、その燃えかすが地表で発見される隕石となる。ただそのすべてが発見されるわけではないから、その隕石はかなりの“ラッキーボーイ”ということになる。その反面、地表への落下にともない生物絶滅にまで影響を及ぼす“凶悪犯”にもなっているようである。
坂祝におけるイジェクタ層(矢印部)
(撮影:木澤慶和)
 
  文 献 Sato,H., Onoue,T., Nozaki,T. and Suzuki,K.(2013) Osmium isotope evidence for a large Late Triassic impact event. Nature Communicationsm, 4, 2455, doi: 10. 1038/ncomms3455.
美濃帯堆積岩類
美濃帯は、飛騨外縁帯の南側にあってかなり幅広く分布する地質帯で、岐阜県内でも広範囲にわたる地域を占める。そこは、古生代石炭紀から中生代白亜紀最前期にかけての時期にチャート・石灰岩・砂岩・泥岩・礫岩などの海底に堆積した堆積岩類と海底に噴出した緑色岩(玄武岩質火山岩類)でおもに構成されている。下図に示すように、海洋プレートの上に噴出した玄武岩質火山岩類は海底や火山島(海山)を形成して、その上にチャートや石灰岩・珪質泥岩などを徐々に堆積させながら大陸へ向かって年間数cmほどの速さで移動していく。海洋プレートは海溝部で大陸の下へ沈み込んでいくが、堆積物はいっしょに沈み込むことができず、はぎ取られたり、大陸側から運び込まれた砂岩・泥岩などとともに大陸側へ押し付けられ、混じり合って複合体(コンプレックス)を作りあげていく。こうした作用を付加作用といい、それにより形成された堆積物は付加体堆積物と呼ばれ、これまでそれらを総称して「美濃帯中・古生層」、「美濃帯中生層」、「美濃帯堆積岩コンプレックス」などといろいろな表現で呼ばれてきたが、ここではこれらを「美濃帯堆積岩類」と呼ぶ。それらは、それまで順に重なっていた地層が付加作用にともなって低角の断層を境にして屋根瓦のように繰り返して覆うように重なったり、複雑に混じりあったメランジュと呼ばれる地質体を構成し、整然とした地層として順番に連続して重なるようなことがほとんどない。そのため全域にわたり個々の地層名を付して表現することがむずかしいため、ここでは構成岩石の種類(岩相)によって表現する。これらの構成岩石は単独でも複数の組合せでもある程度の大きさを持つ地質体を形成しており、その大きさはcmオーダーの礫からkmオーダーの岩体までさまざまである。これらは岩相、形成時期、形成過程などの類似性から複数の地質ユニットに区分され、ユニット間は衝上断層で接することが多いが、その区分による表現はここでは用いない。
日本ライン
美濃加茂市から各務原市へかけての全長約13kmにわたって形成された木曽川沿いの峡谷で、周辺の景観がヨーロッパ中部を流れるライン川に似ているとされることで命名されている。峡谷をつくる岩石は美濃帯堆積岩類のおもにチャートと砂岩であり、とりわけチャートが河床の奇岩や周辺の景観を作り出している。1970年代までは美濃帯堆積岩類の形成時期は石灰岩に含まれるフズリナ化石を中心に考えられてきたが、1980年代前半までにチャートに含まれる放散虫化石がかなり細かい単位で時代を決定できる手段として使えることが明らかにされ、形成時期を大きく書き換えるほど重要な役割を演じる化石となった。それによる成果は“放散虫革命”と呼ばれ、この地域はその研究の中心舞台となった。
チャート
一般には硬く緻密な微粒珪質堆積岩の総称であり、美濃帯堆積岩類を構成する主要な岩石の一つとして特徴的に産する。厚く層状に分布することが多く、これを層状チャートと呼ぶ。一部に古生代ペルム紀のものも含まれるが、ほとんどは中生代三畳紀~ジュラ紀前期に海底に堆積した放散虫などのプランクトンからなる遠洋性の堆積物で、陸源砕屑物をまったく含まない。
砂岩
美濃帯堆積岩類において、海洋プレートが大陸縁辺に近づき、海溝で沈み込んでいく際に陸域から供給される砕屑物である。それぞれが単独の地質体を作る場合もあれば、互層をなす場合もあり、前者においては厚い砂岩層としてしばしば産する。これらの多くは海底地すべりにより混濁流としてもたらされたタービダイトを形成している。
放散虫
海生の動物プランクトンとして先カンブリア時代から現在に至るまで生息している単細胞生物で、珪酸成分からなる0.1~0.2mmほどの大きさの骨格を持ち、そのため微化石として残されていることが多い。生息した時代により骨格の形態が異なり、その変化が速いために重要な示準化石となる。多くのチャートは放散虫骨格の堆積によって形成されており、それをフッ酸(HF)で腐蝕させた不溶残渣から実体顕微鏡下で放散虫を取り出し、走査型電子顕微鏡を用いて骨格の形態や微細な構造を観察する技術が1980年代になってから確立し、それにより美濃帯堆積岩類では薄いチャート層の単位で形成時代がなされ、それまでおもにフズリナ化石などで決められていた時代とは比べものにならない精度で時代決定がなされるようになった。こうした状況を「放散虫革命」という。
地質年代