化石名 美山動物群 みやまどうぶつぐん
  地層名 熊石洞
(郡上市八幡町美山(みやま)熊石) 
 対象時代 第四紀更新世後期
(約1万7000年前)
   概 要
   八幡町美山にある熊石洞の近傍において縦穴洞の割れ目につまっている土砂から発見された多数の哺乳類化石群で、歯,角,足の骨などとして数千点に達する化石群である。それらには草原で生活していたナウマンゾウ、オオツノジカ、ニホンムカシジカ、針葉樹林帯の湿地で生活していたヘラシカ、針葉樹林を中心とした森林地帯に生息するヒグマ、ツキノワグマなどの大型動物化石に加えて、タイリクヤチネズミ、ハタネズミ、トガリネズミなどの小型動物化石もあり、あわせて25属28種にのぼっている。これらの化石の骨から得られた約17,000年前という年代値から、これらの動物群は最後の氷期にあたる時期に現在のシベリアのような寒冷気候で、森林と草原が接しあっているような環境に生息したと考えられている。
 
岐阜県博物館に展示されている美山動物群のオオツノジカ全身骨格標本
(岐阜県博物館所蔵、撮影:棚瀬充史)
 
  ジオ点描
   この動物化石群は通常の地層に含まれた化石群ではなく、鍾乳洞の割れ目を充填していた土砂堆積物から見つかった化石群である。縦穴洞として特徴づけられている熊石洞の近傍において、現在はすり鉢型の窪地(ドリーネ)として残っている縦穴に当時生息していた動物群が落ち、それらが洞窟内で石灰質角礫粘土層に埋もれたことで、多数の動物化石として良好に保存されるようになったものである。
岐阜県博物館に展示されている美山動物群の化石類 (岐阜県博物館所蔵、撮影:棚瀬充史) 
  文 献 奥村 潔・石田 克・河村善也・熊田 満・田宮須賀子(1982)岐阜県熊石洞産後期洪積世哺乳動物群とその14C年代の意義.地球科学,36巻,214-218頁.  
熊石洞
郡上市八幡町から和良(わら)町にかけての地域に分布する美濃帯堆積岩類の石灰岩に形成された鍾乳洞の1つであるが、それらのほとんどは横穴洞であるのに対して、最大級の縦穴洞を作っている鍾乳洞である。延長707m、高度差130mにもおよぶ鍾乳洞で、洞穴口から約20mの垂直穴があり、さらに30m下がった地点から55mにも及ぶ垂直穴になっている。この穴に落ちた大型動物の歯・角・足の骨などの数千点におよぶ化石が鍾乳洞内部の堆積物中から発見されており、それらは「美山動物群」と呼ばれ、草原で生活していたナウマンゾウやオオツノジカ、針葉樹林帯の湿地で生活していたヘラシカなどである。化石の骨から最終氷期にあたる約17,000年前という年代値が得られており、当時の郡上地域は現在のシベリアのような寒冷気候で、森林と草原が接しているような環境であったと推定されている。なお、この鍾乳洞は観光洞になっていない。




地質年代
熊石洞
郡上市八幡町から和良(わら)町にかけての地域に分布する美濃帯堆積岩類の石灰岩に形成された鍾乳洞の1つであるが、それらのほとんどは横穴洞であるのに対して、最大級の縦穴洞を作っている鍾乳洞である。延長707m、高度差130mにもおよぶ鍾乳洞で、洞穴口から約20mの垂直穴があり、さらに30m下がった地点から55mにも及ぶ垂直穴になっている。この穴に落ちた大型動物の歯・角・足の骨などの数千点におよぶ化石が鍾乳洞内部の堆積物中から発見されており、それらは「美山動物群」と呼ばれ、草原で生活していたナウマンゾウやオオツノジカ、針葉樹林帯の湿地で生活していたヘラシカなどである。化石の骨から最終氷期にあたる約17,000年前という年代値が得られており、当時の郡上地域は現在のシベリアのような寒冷気候で、森林と草原が接しているような環境であったと推定されている。なお、この鍾乳洞は観光洞になっていない。