地 名 付知峡 つけちきょう
  場 所 中津川市付知町下浦  指定等 県立自然公園/日本の森百選/岐阜の名水50選/飛騨・美濃紅葉33選
   概 要
   岐阜県の東部を北西~南東方向に約70kmにわたって延びる阿寺(あてら)断層がその北東側を500~800mほど上昇させたことにより形成された山地が阿寺山地であり、その中を深く刻み込んだ付知川上流部に作られた峡谷である。そこを構成する岩石はほとんど濃飛流紋岩溶結凝灰岩であり、新鮮で堅硬な岩盤を深く刻みこみ、“青川”とも呼ばれるほど澄み切った急流となって流れ下っている。その中に不動滝(落差約8m)、観音滝(同約30m)、仙樽(せんだる)の滝(同約15m)、高樽(たかだる)の滝(同約30m)などの数多くの瀑布を作っており、県を代表する紅葉の名所としても知られる。ここから長野県側の王滝村にかけての地域には、江戸時代から保護政策下におかれてきた手つかずのヒノキの原生林が残されている。
 
中津川市加子母の付知川と高樽谷の合流点にある高樽の滝
(撮影:鹿野勘次)
 
  ジオ点描
   阿寺断層の運動により上昇した阿寺山地はその南東部を除いてほとんどの地域が濃飛流紋岩の堅硬な岩石で構成されている。その中にあって深く下刻して作られた付知川上流部の渓谷はかなり堅硬であるにもかかわらず、鋭く削られたV字谷を形成している。その理由は、断層により山地が継続的に上方へ隆起運動を続けていくのに対して、それとは逆方向の下方へ継続的に浸食作用が働き続けたことによる。
 
  文 献 山田直利・小井土由光・原山 智・棚瀬充史・鹿野勘次・田辺元祥・曽根原崇文(2005)濃飛流紋岩の火山層序.地団研専報,53号,29-69頁.
阿寺断層
阿寺断層系は、中津川市馬籠(まごめ)付近から北西へ向かって、同市坂下、付知町、加子母(かしも)を経て、下呂市萩原町の北方へ至る全長約70kmにも及ぶ日本でも第一級の活断層系である。ほかの大規模な活断層系と同様に、複数の断層が平行にあるいは枝分れして走っている。それらのうち、おおよそ中津川市と下呂市の境界にある舞台峠付近より南に分布する断層群を阿寺断層と呼び、それより北に分布する断層群にはそれぞれ別の名称がつけられている。大きくみると、阿寺断層系は、その北東側にある標高1500~1900mの山稜部を持つ比較的なだらかな阿寺山地とその南西側にある標高1000m前後の美濃高原との境界部にある断層帯で、両者はもともと一続きの地形であり、地形上の高度差700~800mがそのまま断層による縦ずれ移動量を示すが、それよりも10倍近くの大きさで左横ずれ移動量をもち、それは断層を境に河川の流路が8~10kmも隔てて屈曲していることに表れている。
濃飛流紋岩
濃飛流紋岩は、岐阜県の南東端にあたる恵那山(標高2191m)付近から北部の飛騨市古川町付近へかけて、幅約35km、延長約100kmにわたり北西~南東方向にのび、岐阜県の約1/4の面積を占める巨大な岩体である。この岩体を構成する岩石のほとんどは、火砕流として流れ出た火山砕屑物がたまって形成された火砕流堆積物からなり、しかもその大部分は堅硬に固結した溶結凝灰岩になっており、厚さ数百mで、水平方向へ20~60kmの広がりをもち、岩相・岩質が類似した火山灰流シートとして何枚にもわたって重なりあっている。それらは大きく6つの活動期(NOHI-1~NOHI-6)に区分されており、岐阜県内にはNOHI-6だけが分布しない。これらの火山岩類には花崗岩類が密接にともなわれ、それらを含めて大きく2期(第1期火成岩類・第2期火成岩類)に分けられる火山-深成複合岩体を形成している。第1期の活動は白亜紀後期の約8,500万~8,000万年前にあり、NOHI-1とNOHI-2の活動と引き続く花崗岩類の活動があった。第2期の活動は約7,500万~6,800万年前にあり、NOHI-3~NOHI-5(おそらくNOHI-6)の活動と引き続く花崗岩類の活動があった。これらは活動の場所を南部から北部へと移しながら巨大な火山岩体を作り上げた。
溶結凝灰岩
火砕流によりもたらされた堆積物が溶結作用を受けると、その程度により強溶結、弱溶結、非溶結凝灰岩となり、一般には強溶結凝灰岩をさしていう。おもに火山灰が集まって形成された岩石ではあるが、強く圧密化した岩石となり、きわめて堅硬な岩石となる。v


地質年代