地 名 金華山 きんかざん
  場 所 岐阜市  指定等 全国自然百選/飛騨・美濃紅葉33選
   概 要
   岐阜市のランドマーク的な存在となっている標高329mの山であり、頂上付近に岐阜城を載せる。初夏になると山体全体にツブラジイの花が咲くことで金色に輝くことから山名がついたとされており、かつては「稲葉山」と呼ばれた。ほぼ全山が美濃帯堆積岩類チャートで構成されており、石英と同じ成分からなるかなり硬い岩石であるために浸食に対する抵抗力が強く、相対的に高い尾根を作りやすい。それが長良川などにより周囲を削られたことで平地部からそそり立つようにそびえる山となった。このチャートは含まれる放散虫化石から古生代ペルム紀後期~中生代三畳紀中期(約2億6000万~2億3000万年前) にできたことが分かっている。
 
ツブラジイに覆われた初夏の金華山全景
(撮影:鹿野勘次)
 
  ジオ点描
   おそらく日本では富士山のイメージがそのようにさせてしまっているのかもしれないが、独立峰=火山という発想があるらしく、金華山が独立峰であるために火山と思っている人が意外に多い。しかしその気配はまったくない。険しい岩山は堅硬なチャートが作り出した“要塞”であり、それを巧みに利用した武将もいたが、まさかそこが微化石の集まった山だとは夢にも思わなかったはずである。
 
  文 献 安藤英之・塚本 斉・斎藤 眞(1991)岐阜市金華山地域における二畳紀放散虫化石の産出について.瑞浪市化石博物館研究報告,18号,101-106頁.
美濃帯堆積岩類
美濃帯は、飛騨外縁帯の南側にあってかなり幅広く分布する地質帯で、岐阜県内でも広範囲にわたる地域を占める。そこは、古生代石炭紀から中生代白亜紀最前期にかけての時期にチャート・石灰岩・砂岩・泥岩・礫岩などの海底に堆積した堆積岩類と海底に噴出した緑色岩(玄武岩質火山岩類)でおもに構成されている。下図に示すように、海洋プレートの上に噴出した玄武岩質火山岩類は海底や火山島(海山)を形成して、その上にチャートや石灰岩・珪質泥岩などを徐々に堆積させながら大陸へ向かって年間数cmほどの速さで移動していく。海洋プレートは海溝部で大陸の下へ沈み込んでいくが、堆積物はいっしょに沈み込むことができず、はぎ取られたり、大陸側から運び込まれた砂岩・泥岩などとともに大陸側へ押し付けられ、混じり合って複合体(コンプレックス)を作りあげていく。こうした作用を付加作用といい、それにより形成された堆積物は付加体堆積物と呼ばれ、これまでそれらを総称して「美濃帯中・古生層」、「美濃帯中生層」、「美濃帯堆積岩コンプレックス」などといろいろな表現で呼ばれてきたが、ここではこれらを「美濃帯堆積岩類」と呼ぶ。それらは、それまで順に重なっていた地層が付加作用にともなって低角の断層を境にして屋根瓦のように繰り返して覆うように重なったり、複雑に混じりあったメランジュと呼ばれる地質体を構成し、整然とした地層として順番に連続して重なるようなことがほとんどない。そのため全域にわたり個々の地層名を付して表現することがむずかしいため、ここでは構成岩石の種類(岩相)によって表現する。これらの構成岩石は単独でも複数の組合せでもある程度の大きさを持つ地質体を形成しており、その大きさはcmオーダーの礫からkmオーダーの岩体までさまざまである。これらは岩相、形成時期、形成過程などの類似性から複数の地質ユニットに区分され、ユニット間は衝上断層で接することが多いが、その区分による表現はここでは用いない。
チャート
一般には硬く緻密な微粒珪質堆積岩の総称であり、美濃帯堆積岩類を構成する主要な岩石の一つとして特徴的に産する。厚く層状に分布することが多く、これを層状チャートと呼ぶ。一部に古生代ペルム紀のものも含まれるが、ほとんどは中生代三畳紀~ジュラ紀前期に海底に堆積した放散虫などのプランクトンからなる遠洋性の堆積物で、陸源砕屑物をまったく含まない。
放散虫
海生の動物プランクトンとして先カンブリア時代から現在に至るまで生息している単細胞生物で、珪酸成分からなる0.1~0.2mmほどの大きさの骨格を持ち、そのため微化石として残されていることが多い。生息した時代により骨格の形態が異なり、その変化が速いために重要な示準化石となる。多くのチャートは放散虫骨格の堆積によって形成されており、それをフッ酸(HF)で腐蝕させた不溶残渣から実体顕微鏡下で放散虫を取り出し、走査型電子顕微鏡を用いて骨格の形態や微細な構造を観察する技術が1980年代になってから確立し、それにより美濃帯堆積岩類では薄いチャート層の単位で形成時代がなされ、それまでおもにフズリナ化石などで決められていた時代とは比べものにならない精度で時代決定がなされるようになった。こうした状況を「放散虫革命」という。


地質年代