地 名 坂折棚田 さかおりたなだ
  場 所 恵那市中野方町坂折  指定等 日本の棚田百選
   概 要
   恵那市北西端の赤河(あこう)峠の南側にある標高差約200mの斜面に作られた棚田で、巧みな石積み技術により作られた「はしご田」と呼ばれる石積み棚田として広がっている。棚田の石垣に使われている岩石のほとんどは周囲の山を構成する濃飛流紋岩溶結凝灰岩であり、すぐ南西側を走る赤河断層沿いの断層崖をつくる斜面などから落ちてきたものである。それらが堅硬で手ごろな大きさのため、その場で効率よく利用され、さらに断層にともなわれる破砕帯が地下水を浸透させ、保水性の良い土壌を確保している。棚田は山間部の急傾斜地の中でいくらかでも緩傾斜をなす地形を利用して恒常的な水の供給と保水性の良い土壌があることで作られる
 
坂折棚田の景観
(撮影:鹿野勘次)
 
  ジオ点描
   大地にとって最も安定な状態である海面の高さに達するまで不安定さを解消するために削られていく。その速度はさまざまであるが、地すべりや崩壊は比較的急速に進む削剥であり、これらにより大地の形は一気に変えられていく。全国的に有名な棚田のほとんどはこれらにより生まれたといってもよく、棚田は大地の運動・変化を表わしている場所であり、そこを巧みに利用しているということになる。
 
  文 献
濃飛流紋岩
濃飛流紋岩は、岐阜県の南東端にあたる恵那山(標高2191m)付近から北部の飛騨市古川町付近へかけて、幅約35km、延長約100kmにわたり北西~南東方向にのび、岐阜県の約1/4の面積を占める巨大な岩体である。この岩体を構成する岩石のほとんどは、火砕流として流れ出た火山砕屑物がたまって形成された火砕流堆積物からなり、しかもその大部分は堅硬に固結した溶結凝灰岩になっており、厚さ数百mで、水平方向へ20~60kmの広がりをもち、岩相・岩質が類似した火山灰流シートとして何枚にもわたって重なりあっている。それらは大きく6つの活動期(NOHI-1~NOHI-6)に区分されており、岐阜県内にはNOHI-6だけが分布しない。これらの火山岩類には花崗岩類が密接にともなわれ、それらを含めて大きく2期(第1期火成岩類・第2期火成岩類)に分けられる火山-深成複合岩体を形成している。第1期の活動は白亜紀後期の約8,500万~8,000万年前にあり、NOHI-1とNOHI-2の活動と引き続く花崗岩類の活動があった。第2期の活動は約7,500万~6,800万年前にあり、NOHI-3~NOHI-5(おそらくNOHI-6)の活動と引き続く花崗岩類の活動があった。これらは活動の場所を南部から北部へと移しながら巨大な火山岩体を作り上げた。
溶結凝灰岩
火砕流によりもたらされた堆積物が溶結作用を受けると、その程度により強溶結、弱溶結、非溶結凝灰岩となり、一般には強溶結凝灰岩をさしていう。おもに火山灰が集まって形成された岩石ではあるが、強く圧密化した岩石となり、きわめて堅硬な岩石となる。
赤河断層
赤河断層は、恵那市街地の西方にある槇ガ根峠付近から北西に向かい、木曽川を横切り、笠置山(標高1128m)の東方を流れる中野方(なかのほう)川沿いに北西へ延び、赤河峠(標高612m)付近を経て、白川町白川口付近まで約23kmにわたって延びる。阿寺断層とほぼ同じ方向に走り、同じ左横ずれ断層であるが、縦ずれの動きもあり、木曽川より南では断層の北東側が最大で200mほど沈降して恵那盆地を形成しているのに対して、木曽川より北では逆に北東側が200mほど上昇して美濃高原の山々を作っている。赤河峠は断層鞍部のようにみえるが、断層は峠の南西側にある見行山(けんぎょうさん)(標高905m)との間にある鞍部を通っている。その南西側には久田見(くたみ)高原の山々が比較的なだらかな地形を作って広がっているが、久田見高原の北東側には赤河断層の断層崖に相当する急斜面が続く。


地質年代