災害名 岐阜県中部地震(災害) ぎふけんちゅうぶじしんさいがい
発生年月日 1969(昭44)年9月9日14時15分 主要被災地 岐阜県中部
 災害要因 活断層(畑佐断層)/地震規模M6.6
概 要
   郡上市明宝(めいほう)付近を震源とし、その深さがきわめて浅い地震で、「美濃中部地震」、「奥美濃地震」ともいわれる。当時の記録では旧郡上郡のほぼ全域と旧金山町地域で震度5を観測している。震源近くではほとんどの墓石が転倒したのをはじめ、山岳地域の地震に特有な山崩れ、崖崩れが至るところで発生し、このため道路損壊などの土木被害が目立った。旧郡上八幡町内でも道路被害は大きく、国道256号の堀越峠などいくつかの箇所で通行不能となり、復旧にはかなりの時間を要した。県下全域において死者1名、負傷者10名、半壊家屋86戸などの被害があった。畑佐断層が動いたことで発生した地震とされたが、実際の断層の位置は当初考えられていた位置とは異なり、崩壊等が新たに推定された断層に沿って起こっていた。
旧八幡町相生において岐阜県中部地震による崩壊土砂で埋まった国道156号
(提供:岐阜県総合防災ポータル)
 
ジオ点描
   地質学的に推定される断層の分布位置がそのまま実際に運動した活断層の分布位置となるわけではない。壊れた(割れた)ものを接着剤でしっかり固定して時間が経ってから再び壊した場合に、まったく同じ位置・形状で壊れるとは限らない。大きく見ると同じ場所であるが、部分的に少し異なる位置でずれることはいくらでもあり、その方が自然であるといえる。
 
文 献 松田時彦・恒石幸正(1970)岐阜県中部地震-1969年9月9日-被害地調査報告.地震研究所彙報,48号,1267-1279頁.
畑佐断層
畑佐断層は、郡上市明宝(めいほう)畑佐付近から南南東へ相谷(あいだに)川を南下し、畑佐峠から郡上市和良(わら)土京(どきょう)に至る長さ約17kmの左横ずれ断層として命名された断層であり、郡上市明宝付近を震源として1969(昭44)年に起きた岐阜県中部地震は、この断層が動いたことで起こったと考えられた。しかし、それに沿って崩壊などの現象は確認できなかった。その後、畑佐断層は当初考えられた位置とは異なり、畑佐峠付近から南で2本に分岐することが分かった。それらは、畑佐峠から南の東洞谷、和良下洞へ向かう「畑佐西断層」と、南東の金山湖に向かう「畑佐東断層」と名付けられ、大きな山崩れはほぼ「畑佐東断層」に沿って起こった。





地質年代