地層名 黒部五郎岳閃緑岩
・北ノ俣岳閃緑岩
くろべごろうだけ・
きたのまただけせんりょくがん
Dn
  代表地点 黒部五郎岳西方  形成時期 白亜紀前期
(1億200万~1億600万年前)
   概 要
   飛騨山脈の岐阜・富山県境にある黒部五郎岳(標高2840m)から北ノ俣岳(標高2661m)へかけての稜線付近にいくつかの岩体に分かれて分布する。飛騨帯構成岩類の飛騨花崗岩類や手取層群を貫き、ともに斑状の石英モンゾ閃緑岩からなる。黒部五郎岳閃緑岩について1億年を少し超える年代値が得られており、岩相的に差異がほとんどないことから、両者ともにいわゆる“1億年岩石”として、岐阜県北西部に分布する北俣谷閃緑岩アワラ谷花崗閃緑岩などと類似の火成岩類と考えられている。
 
神岡町打保の北ノ俣岳北方標高2560m付近における北ノ俣岳閃緑岩の研磨面
(提供:原山 智,撮影:棚瀬充史)
 
  文 献 原山 智・竹内 眞・中野 俊・佐藤岱生・滝沢文教(1991)槍ヶ岳地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅).地質調査所,190頁.  
飛騨帯構成岩類
美濃帯は、飛騨外縁帯の南側にあってかなり幅広く分布する地質帯で、岐阜県内でも広範囲にわたる地域を占める。そこは、古生代石炭紀から中生代白亜紀最前期にかけての時期にチャート・石灰岩・砂岩・泥岩・礫岩などの海底に堆積した堆積岩類と海底に噴出した緑色岩(玄武岩質火山岩類)でおもに構成されている。下図に示すように、海洋プレートの上に噴出した玄武岩質火山岩類は海底や火山島(海山)を形成して、その上にチャートや石灰岩・珪質泥岩などを徐々に堆積させながら大陸へ向かって年間数cmほどの速さで移動していく。海洋プレートは海溝部で大陸の下へ沈み込んでいくが、堆積物はいっしょに沈み込むことができず、はぎ取られたり、大陸側から運び込まれた砂岩・泥岩などとともに大陸側へ押し付けられ、混じり合って複合体(コンプレックス)を作りあげていく。こうした作用を付加作用といい、それにより形成された堆積物は付加体堆積物と呼ばれ、これまでそれらを総称して「美濃帯中・古生層」、「美濃帯中生層」、「美濃帯堆積岩コンプレックス」などといろいろな表現で呼ばれてきたが、ここではこれらを「美濃帯堆積岩類」と呼ぶ。それらは、それまで順に重なっていた地層が付加作用にともなって低角の断層を境にして屋根瓦のように繰り返して覆うように重なったり、複雑に混じりあったメランジュと呼ばれる地質体を構成し、整然とした地層として順番に連続して重なるようなことがほとんどない。そのため全域にわたり個々の地層名を付して表現することがむずかしいため、ここでは構成岩石の種類(岩相)によって表現する。これらの構成岩石は単独でも複数の組合せでもある程度の大きさを持つ地質体を形成しており、その大きさはcmオーダーの礫からkmオーダーの岩体までさまざまである。これらは岩相、形成時期、形成過程などの類似性から複数の地質ユニットに区分され、ユニット間は衝上断層で接することが多いが、その区分による表現はここでは用いない。
飛騨花崗岩類
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手取層群
手取層群は、福井県東部から石川県南東部、岐阜県北部、富山県南部へかけての地域に分かれて分布し、中生代のジュラ紀前期から白亜紀前期にかけての時代に形成された海成~陸成の地層である。おもに砂岩・泥岩・礫岩などの砕屑岩類からなり、恐竜などの爬虫類化石を産出することで知られる。大きくみると浅海成層から陸成層へと移り変わっていることで、これまでは3つの亜層群(九頭竜・石徹白(いとしろ)・赤岩亜層群)に区分されていた。しかし、これら3亜層群の区分に関しては、形成時代の見直しが化石(特にアンモナイト化石)に基づいて進められてきたことで、堆積環境の変遷も含めていくつかの見解が示されており、それにともなっていくつかの層序区分の考えが示されてきた。ここではこれまでに一般的に用いられてきた3亜層群の名称をそのまま用い、形成時期に重点をおいた区分として、九頭竜・石徹白亜層群の境界をほぼ中生代ジュラ紀と白亜紀の境界(約1億4,550万年前)、石徹白・赤岩亜層群の境界をほぼ白亜紀前期の約1億2,500万年前として表現する。ただし、分かれて分布する個々の地域すべてから時代決定に有効な化石が産出するわけではなく、年代測定の問題も含めて課題の残された地域もあるため、ここでは現段階での資料に基づいて区分し、時代不明の未区分層(Tu)として扱う地域もある。岐阜県地域において区分できる地域では、九頭竜亜層群は分布せず、石徹白・赤岩亜層群が分布し、それぞれ石徹白亜層群相当層、赤岩亜層群相当層として記述する。
北俣谷閃緑岩
御母衣(みぼろ)湖西岸の北俣谷中流域およびその西方のアワラ谷下流域に分布し、石英モンゾ閃緑岩~ハンレイ岩からなる。ほぼ1億年前の形成年代を示し、先濃飛安山岩類を貫き、庄川火山-深成複合岩体の火山岩類に不整合に覆われる。アワラ谷中~上流域からその南方にかけて分布するアワラ谷花崗閃緑岩と異なる岩相を示すが、ほぼ同じ形成年代を示し、一続きの岩体と考えられている。
アワラ谷花崗閃緑岩
白川村南西部にあたる大白川支流のアワラ谷中~上流域からその南方の高山市荘川町西部にあたる尾神郷(おがみごう)川北岸地域へかけての広範囲に分布し、隣接して分布する北俣谷閃緑岩よりもいくらか珪長質で花崗閃緑岩質の岩相を示すことで区別されてきたが、それとほぼ同じ約1億年前の形成年代を示すことから、一続きの岩体と考えられている。手取層群を貫き、それに明確に熱変成作用を与えており、飛騨山脈の黒部五郎岳(標高2840m)周辺の山稜部に分布する黒部五郎岳閃緑岩・北ノ俣岳閃緑岩などとともに、“後手取・先濃飛”期の深成岩体である。
地質年代