地名 日和田高原 ひわだこうげん
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場所 高山市高根町(たかねまち)留之原(とめのはら)
指定等 -
概要    御嶽山の北端にある継子岳(ままこだけ;標高2,859m)の北麓に広がる標高1,300~1,400mの高原で、新期御嶽火山を構成する摩利支天火山群(約6万~2万年前)に属する溶岩流の上に広がる。白樺林が広がり、杣ヶ池(そまがいけ)などの湖沼があり、高地トレーニング施設をはじめとしてロッジ・キャンプ場などのリゾート施設が設けられている。ここからの御嶽山は南北方向に連なる山稜を北側から眺めることになり、その北端にある継子岳だけがきれいな富士山型をなして見えるために“日和田富士”と呼ばれている。
ジオ点描    ほとんどの溶岩流は地形的に低い谷に沿って流れ下っていくはずであり、その分布幅が広ければ当時の谷地形も幅広かったと推定される。その粘り気が小さいと水が流れるように幅広い谷に広がって流れ下るであろうが、粘り気が大きいとそうした状態を遠距離にわたって維持することは難しくなる。それを可能にするのは噴出量が大幅に増える場合であろう。
文献
  • 竹内 誠・中野 俊・原山 智・大塚 勉(1998)木曽福島地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅),地質調査所,94頁.
  • 写真 「日和田富士」と呼ばれる御嶽山の継子岳
    (撮影:中田裕一)
    写真 準備中
    新期御嶽火山
    御嶽火山において古期御嶽火山の活動終了後に約30万年にわたる長い静穏期を経て始まった活動で、現在の御嶽火山の中央部を構成する火山体を形成した。それらは活動の前半に形成された継母岳火山群と後半に形成された摩利支天火山群に分けられ、両者はほぼ連続的に起こったようであるが、噴出物の性質は明瞭に異なる。これらの活動では新期御嶽テフラ層と呼ばれる大量の降下火砕堆積物を噴出しており、有効な指標となる広域テフラとして中部・関東地方に広く火山灰層を飛ばしており、隣接する乗鞍火山がおもに溶岩を流出させていることと対照的な活動をしている。なお、その活動経過については、山麓部での降下火砕堆積物の層序解析などから異なる見解も出されている。
    摩利支天火山群
    新期御嶽火山の後半に活動した火山群で、前半の継母岳火山群の活動に引き続いて始まり、約10km³の安山岩質の噴出物を噴出して8つの成層火山をほぼ南北に重複するように形成し、現在の御嶽山頂上付近の地形をつくった。それらのうち末期の火山体が火口を明瞭に残している。この時期に発生した大規模な岩屑なだれ-泥流堆積物が木曽川泥流堆積物であり、山体の北東山麓から各務原市付近まで約200kmを流下している。最近の約2~3万年間は静穏期にあたっているが、その中でも最近の約6000年間に少なくとも5回の水蒸気爆発を起こしており、最新の爆発が1979年のものである(事項解説『災害』の項目「御嶽火山噴火」を参照)。



    地質年代