災害名 | 飛騨川バス転落事故 | ひだがわばすてんらくじこ |
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発生年月日 | 1968(昭43)年8月18日 | |
主要被災地 | 白川町 国道41号 | |
災害要因 | 集中豪雨 | |
概要 | 白川町白川口から飛騨川を2kmほど下ったところで、飛騨川へ流れ込む小さな谷で発生した土石流が国道41号を走っていた観光バス2台を巻き込むことで発生した災害である。バスが増水していた飛騨川に転落して飛水峡の激流にのみこまれ、乗員・乗客107名のうち104名が死亡した。土石流の発生した谷には濃飛流紋岩を貫く比較的大きな花崗斑岩の岩体が分布しており、全体として堅硬な岩石からなることから、特別に土石流を起こしやすい地質特性を持っているわけではない。おそらくそれらの崖錐が急傾斜の谷を埋積していたところへ集中豪雨があり、多量の水が埋積物を押し出したことで土石流となったと考えられる。この事故を契機に災害時における国道の防災体制をはじめとして道路防災の点検や降水量に対応した通行規制などが制度化された。日本における史上最悪のバス事故とされ、その慰霊碑が現場から約300m下流の国道41号脇に「天心白菊の搭」として建立された。その後、国道の危険箇所を避ける改良工事が進められたことでこの「塔」はそこから撤去され、一部が約9km上流の産直施設の敷地内に移転している。 | |
ジオ点描 | この事故をもたらした土石流を起こした谷は平常時においてはわずかな水が流れ落ちている小さい谷であり、とても大規模な土石流を発生させるような水量の多い谷というイメージはまったくない。これと似たような状況に置かれている谷で実際に土石流を起こした場所のほとんどは、やはり豪雨により多量の水が一時的に局所的にもたらされたことで土石流を発生させている。 | |
文献 |
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写真 | 飛騨川バス転落事故の慰霊碑「天心白菊の塔」(この場所からは移転されている) (撮影:木澤慶和) |
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写真 | 準備中 |