火山名 摩利支天火山群【VO3】 まりしてんかざんぐん
地図 代表的地点を見る
代表地点 (摩利支天山)
形成時期 更新世後期~完新世(約6万年前~現在)
概要    新期御嶽火山の後半に活動した火山群で、前半の継母岳(ままははだけ)火山群の活動に引き続いて始まり、約10km³の安山岩質の噴出物を噴出して8つの成層火山をほぼ南北に重複するように形成し、現在の御嶽山頂上付近の地形をつくった。それらのうち末期の火山体が火口を明瞭に残している。この時期に発生した大規模な岩屑なだれ泥流堆積物が木曽川泥流堆積物であり、山体の北東山麓から各務原市付近まで約200kmを流下している。最近の約2~3万年間は静穏期にあたっているが、その中でも何回かの水蒸気爆発を起こしており、1979(昭54)年に突然起こった水蒸気爆発(事項解説『災害』の項目「御嶽火山1979年噴火」を参照)に続いて、2014年9月にも水蒸気爆発を起こした(事項解説『災害』の項目「御嶽火山2014年噴火」を参照)。
文献
  • 山田直利・小林武彦(1988)御嶽山地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅),地質調査所,136頁.
  • 写真 摩利支天岳付近から望む継子岳と三ツ池
    (撮影:木澤慶和)
    写真 準備中
    新期御嶽火山
    御嶽火山において古期御嶽火山の活動終了後に約30万年にわたる長い静穏期を経て始まった活動で、現在の御嶽火山の中央部を構成する火山体を形成した。それらは活動の前半に形成された継母岳火山群と後半に形成された摩利支天火山群に分けられ、両者はほぼ連続的に起こったようであるが、噴出物の性質は明瞭に異なる。これらの活動では新期御嶽テフラ層と呼ばれる大量の降下火砕堆積物を噴出しており、有効な指標となる広域テフラとして中部・関東地方に広く火山灰層を飛ばしており、隣接する乗鞍火山がおもに溶岩を流出させていることと対照的な活動をしている。なお、その活動経過については、山麓部での降下火砕堆積物の層序解析などから異なる見解も出されている。
    継母岳火山群
    新期御嶽火山の前半に活動した火山群で、莫大な量の流紋岩質軽石の噴出で始まり、それにともない古期御嶽火山の山体中央部が陥没してカルデラが形成され、そこを埋めるように標高2900mほど、推定体積約50km³の山体が形成された。それらはおもに流紋岩質~デイサイト質の厚い溶岩や火砕流堆積物などで構成されており、現在は継母岳(標高2867m)からその西方へ連なる県境尾根周辺に残されている。この時期に噴出した火砕物が大量に木曽川流域に供給されて形成された堆積物が木曽谷層であり、大量の軽石が含まれる砂層として中~下流域で容易に識別されている。
    岩屑なだれ
    水蒸気や空気などの気体と岩塊など固体破片の混合物が大規模に(体積で106m³以上 )高速で(速いもので150m/秒)斜面を流れ下る現象で、火山現象としてもみられるが、地震動で山体が崩壊して起こることもある。火砕流に似た現象であるが、火砕流はマグマ起源の物質を主体とする高温の流れであるのに対して、これは既存の物質からなる低温の流れである。気体が水に代わると泥流あるいは土石流となり、岩屑なだれが途中から河川の水を取り込んで泥流・土石流になることはよくある。
    泥流
    礫、砂、泥などの砕屑物が水と混ざって流れ下る場合に、泥質分を多く含み、粗粒の礫質分の少ない流れを指す。礫質分が多いと土石流と呼ぶことがあるが、明確な境界があるわけではない。火山砕屑物が関与すると火山泥流と呼び、その場合には必ずしも泥質分が卓越しているとは限らず、土石流に近い状態もある。インドネシアの火山体周辺で頻発することでラハーという用語が同義語として使われることがある。水ではなく気体(空気)と混ざった流れの場合には岩屑なだれという。
    木曽川泥流堆積物
    新期御嶽火山の摩利支天火山群の活動中に発生した大規模な山体崩壊に由来する堆積物で、最初は岩屑なだれとして御嶽山東麓の末川流域に広がり、さらに西野川・王滝川へと下りながら泥流となり木曽川に沿って流れた。泥流相は御嶽火山起源の安山岩岩塊を多量に含む膠結(こうけつ)度の高い基質からなる。中津川市の坂下の河岸段丘(高部面)に載り、美濃加茂市の加茂野台地や各務原市の各務原台地にまで200km以上も流下し、木曽谷層を覆っている。県内での層厚は10~30mである。
    御嶽火山1979年噴火
    御嶽火山は約2万年前以降、活動のほとんどない比較的静穏な時期を続けていたため、当時は“死火山”扱いされていたが、1979年に突然の水蒸気爆発が起き、活火山の定義に見直しがなされるきっかけとなった。この活動は午前5時頃の水蒸気爆発に始まり、14時頃に最大となりその後衰退し、噴出物の総量は約20数万トンと推定されている。約1,000mの高さまで噴き上げられた噴煙は北東へ向かって流れ、軽井沢や前橋市まで降灰した。この噴火で直接的に受けた大きな被害はなかった。なお、これと同じ噴火口から1991(平3)年と2007(平19)年にごく小規模な水蒸気噴火があったようで、火口周辺のみ降灰した。
    御嶽火山2014年噴火
    御嶽火山1979年噴火とほぼ同じ位置にあたる山頂南側の地獄谷から噴出した水蒸気噴火であり、噴火様式もそれとほぼ同じであったが、小規模ながら低温の火砕流が発生した点がやや異なっていた。水蒸気噴火においては一般に噴火活動の予兆が少なく、噴火警戒レベル1(平常)の状態にあったまま突然の噴火にみまわれたこと、紅葉シーズン最初の週末で好天に恵まれた昼時という山頂付近に多くの登山者が集中する時間帯であったことなどが災いして、噴火口に近い山頂付近においておもに噴石により57人(10月23日現在)の登山客が犠牲となった。雲仙普賢岳において1991(平3)年に発生した火砕流により犠牲となった43名を上回る犠牲者がでたことで、第2次大戦後最悪の火山災害となった。
    地質年代