項目 美山鍾乳洞 みやましょうにゅうどう
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地点 郡上市八幡町美山421
見学地点の位置・概要    国道256号は郡上八幡から堀越峠を越えて和良(わら)町を経て下呂市金山町へと至る。堀越峠を越えて最初に出会う平坦地が八幡町美山であり、美山鍾乳洞はこの平坦地の北東隅にあたる位置にある。国道沿いから案内指示がある。
見学地点の解説    かつて「郡上八幡大鍾乳洞」と呼ばれていた観光洞で、郡上地域にある他の鍾乳洞と同様に、美濃帯堆積岩類石灰岩に形成された鍾乳洞である。多層迷路型の洞穴からなり、東西約150m,南北約90m,高低差約70mの範囲に大きく4層にわたって通路が形成されている。それらは大きく北東~南西方向と北西~南東方向の2方向を向いており、これらの方向に形成された断層や割れ目が拡大して洞穴ができている。洞穴内の通路はそれぞれ地下水の水位を表わしているため、4回にわたりその高さが変化したことになる。その中で最も低い位置にある通路が最も長く延び、その時期にそれだけ長期にわたり地下水位が保たれたことを示している。
ジオの視点    県内に分布する鍾乳洞は、いずれも美濃帯堆積岩類を構成する石灰岩の岩体内に形成されている。しかし、石灰岩の分布域であればどこにでも鍾乳洞が形成されるわけではない。地下で石灰岩を溶かす地下水の水脈がなければ形成されない。その水脈は石灰岩の中にそれなりの規模で形成されている割れ目系にあたるものであり、それに地下水の水位が絡んで何段にもわたる洞穴が形成されることになる。
写真 美山鍾乳洞の入口
(撮影:小井土由光)
写真 美山鍾乳洞付近のピナクル(石灰岩柱)
(撮影:木澤慶和)
美濃帯堆積岩類
美濃帯は、飛騨外縁帯の南側にあってかなり幅広く分布する地質帯で、岐阜県内でも広範囲にわたる地域を占める。そこは、古生代石炭紀から中生代白亜紀最前期にかけての時期にチャート・石灰岩・砂岩・泥岩・礫岩などの海底に堆積した堆積岩類と海底に噴出した緑色岩(玄武岩質火山岩類)でおもに構成されている。下図に示すように、海洋プレートの上に噴出した海洋プレートの上に噴出した玄武岩質火山岩類は海底や火山島(海山)を形成して、その上にチャートや石灰岩・珪質泥岩などを徐々に堆積させながら大陸へ向かって年間数cmほどの速さで移動していく。海洋プレートは海溝部で大陸の下へ沈み込んでいくが、堆積物はいっしょに沈み込むことができず、はぎ取られたり、大陸側から運び込まれた砂岩・泥岩などとともに大陸側へ押し付けられ、混じり合って複合体(コンプレックス)を作りあげていく。こうした作用を付加作用といい、それにより形成された堆積物は付加体堆積物と呼ばれ、これまでそれらを総称して「美濃帯中・古生層」、「美濃帯中生層」、「美濃帯堆積岩コンプレックス」などといろいろな表現で呼ばれてきたが、ここではこれらを「美濃帯堆積岩類」と呼ぶ。それらは、それまで順に重なっていた地層が付加作用にともなって低角の断層を境にして屋根瓦のように繰り返して覆うように重なったり、複雑に混じりあったメランジュと呼ばれる地質体を構成し、整然とした地層として順番に連続して重なるようなことがほとんどない。そのため全域にわたり個々の地層名を付して表現することがむずかしいため、ここでは構成岩石の種類(岩相)によって表現する。これらの構成岩石は単独でも複数の組合せでもある程度の大きさを持つ地質体を形成しており、その大きさはcmオーダーの礫からkmオーダーの岩体までさまざまである。これらは岩相、形成時期、形成過程などの類似性から複数の地質ユニットに区分され、ユニット間は衝上断層で接することが多いが、その区分による表現はここでは用いない。
石灰岩
美濃帯堆積岩類の中には、金生山の赤坂石灰岩、舟伏山地域の舟伏山石灰岩、石山地域の石山石灰岩などと呼ばれる比較的大きな石灰岩の岩体が分布しており、石灰石資源として採掘されていたり、場所によっては鍾乳洞地帯を形成している。古生代のペルム紀に形成された緑色岩(玄武岩質火山岩類)からなる海山を覆うサンゴ礁を構成していた石灰質生物の遺骸が集積して形成されたものであり、一般に緑色岩と密接にともなって美濃帯堆積岩類の中では最も古い時期に形成された岩石である。



地質年代