項目 中尾温泉 なかおおんせん
関連項目 事項解説>温泉・地下水>飛騨地域>新穂高温泉
地点 高山市奥飛騨温泉郷中尾
見学地点の位置・概要    奥飛騨温泉郷栃尾において高原川から分かれて北へ向かう蒲田(がまた)川沿いに走る県道475号槍ヶ岳公園線は、蒲田トンネルを抜けるとすぐに中尾橋で蒲田川を渡る。そこから南東の高台にある中尾地区へ向かう上り坂が始まる。それを上りきった平坦地一帯に中尾温泉がある。
見学地点の解説    中尾温泉は、同じ奥飛騨温泉郷地域にある福地温泉平湯温泉などとかなり異なり、温泉水が自然湧出したり、それをくみ上げているわけではなく、高温の水蒸気が湧出していることを特徴とし、それを利用して地表水を温めて温泉水として利用している。道路沿いに湯気が立ちのぼるタンク・水槽がいくつか見られるが、いずれもそこに高温の水蒸気の井戸があり、それを利用して温泉水を作りだしている場所である。比較的上流にあたる標高1,150m付近に京都大学防災研究所穂高砂防観測所があり、そのさらに200mほど奥では地熱開発用の大きな掘削井のやぐらが見られる。また、古くからある温泉宿にあたる施設あるいは温泉街が見られないことも福地温泉や平湯温泉と異なる特徴といえる。
ジオの視点    高原川支流の蒲田川沿いの広範囲に広がる温泉群を新穂高温泉と呼び、最奥部の「新穂高」、下流側の「蒲田」、南東岸の高台にある「中尾」の3地区に分かれて分布している。それぞれの源泉は異なるが、いずれも高温の豊富な温泉水あるいは水蒸気が得られることから、焼岳火山群としては最新の焼岳火山を熱源としていると考えられている。これらのうち中尾地区の中尾温泉は、昭和に入ってから源泉が発見された比較的新しい温泉であり、とりわけ高温の水蒸気が豊富に出ることで、地熱発電等の開発が進められようとしている。
写真 中尾温泉における高温水蒸気を利用した泉源井
(撮影:小井土由光)
写真 中尾温泉における地熱開発用ボーリングのやぐら
(撮影:小井土由光)
福地温泉
飛騨外縁帯構成岩類が分布する地域にあるが、高原川対岸にある新平湯温泉とともに焼岳火山の西麓に位置することからそれを熱源としていると考えられる。平安時代に村上天皇が湯治に訪れていたという入湯伝説があり、そのため“天皇泉”の名前が残る。県内で下呂温泉とともに日本百名湯の一つにも選ばれている。ただし、もともとの温泉は平湯川の河原から湧出しており、しばしば洪水で流失したとの記録が残る。
平湯温泉
焼岳火山群としては比較的新しい時期に活動しているアカンダナ火山の西麓にあり、同火山を熱源としている温泉の可能性もあるが、現在活動中の焼岳火山を熱源としている可能性もある。地下でどのようにつながっているかはわからない。戦国時代の開湯伝説があり、奥飛騨温泉郷の中でも最も歴史の古い温泉とされている。なお、平湯温泉発祥の地は、温泉街中心から東方1kmほどのところにある“神の湯”という露天風呂である。
新穂高温泉
高原川支流の蒲田(がまた)川沿いの広範囲に広がる温泉群の総称で、最奥部の「新穂高」、下流側の「蒲田」、南東岸の高台にある「中尾」の3地区に分かれ、それぞれ源泉が異なる。ほとんどが笠ヶ岳コールドロンを構成する火山岩類や花崗岩類の分布域にあるが、いずれも高温の豊富な湯量が得られることから、焼岳火山群としては最新の焼岳火山を熱源としていると考えられる。これらのうち中尾地区は昭和に入ってから源泉が発見された比較的新しい温泉であり、とりわけ高温の温泉や蒸気が豊富に出ることで、地熱発電等の開発が進められようとしている。
焼岳火山群
飛騨山脈の南部にあって、焼岳火山を主峰とする複数の火山体の集まりであり、乗鞍火山帯の中で最近1万年間では最も活発な活動を続けている。形成時期により約12万~7万年前の旧期焼岳火山群と約3万年前以降の新期焼岳火山群に大別され、前者には岩坪山・大棚火山、割谷山火山が、後者には白谷山火山、アカンダナ火山、焼岳火山がそれぞれ該当する。全体に斜長石と角閃石の斑晶が目立つ安山岩質~デイサイト質の溶岩ドーム、厚い溶岩流、泥流堆積物、火砕流堆積物からなり、火砕流堆積物はすべて溶岩ドームの破壊によってできたblock and ash flow堆積物であり、激しい爆発的な噴火活動をほとんど行なっていない。
焼岳火山
焼岳火山群の新期焼岳火山群に属する火山体で、その中で最も新しく、現在も活動中の火山である。焼岳(標高2455m)を中心として、いくつかの溶岩、溶岩ドームとそれらにともなわれる火砕岩類からなる。現在の山頂部を作る溶岩ドームは約2,300年前に形成されたものであり、その形成にともなって流出した中尾火砕流堆積物が山体の東~北斜面から、北側山麓の足洗谷に沿って蒲田川流域まで流下し、新穂高温泉の中尾地区がある中尾平を形成しており、最大径5mにもおよぶ発泡の悪い安山岩~デイサイト質の角~亜角礫と同質の基質からなるblock and ash flow堆積物である。歴史時代に入ってからの活動としては、1907(明40)年から1939(昭14)年まで水蒸気爆発が活発に繰り返され、特に1915(大4)年に水蒸気爆発にともない発生した泥流が梓川をせき止めて大正池を作ったことは有名である。最新の活動については事項解説『災害』の項目「焼岳火山1962年噴火」を参照のこと。
地質年代